2005年09月30日
怒りの礫
怒っちゃいけない。色んな人がいるんだからね。
とある人のエントリで偽善者について書かれていた。曰く「募金する時間あったら働いてそれを恵まれない人にやれ」だってさ。
面白い考えだとは思うんだけど、表面に現れる数字だけ見てるとこうなってしまうんだね。ボクは彼の事は面白いと思うし、良い奴なんで好きだけれど、こういう考えにはまったく同意しない。
こういう言い方は良くないんだろうが、この「募金」と言う行動を行っている人間を「見ている」地点が違うんだなぁと言わざるを得ない。
もっと明け透けに言っちまえば、ボクの見ている地点は彼の地点よりもっとはるか上だ。
このblogでも何度も書いた通り、偽善だろうが悪だろうが偽悪だろうが善だろうが、「行動者」は「口だけ番長」よりも絶対に偉いはずなのだ。
募金なんて確かに非効率な善意ではあるけれど、もっと広い視野を持つと非効率とは言えないんだね。
その募金のモチベーション、「アフリカの飢餓」や「交通遺児」なんかの「そこにある問題」を世間の人に知らしめる広告的な意味で言ったら決して無意味では無いはずだ。
協力したいけど、様々な事情(恥ずかしい、オレも恵まれとらんetc...)により協力せん人々が、ささやかながら協力できる場所を提供すると言う事は、金でも広告でもない、実に曖昧なもんだが、人間の間で「善意」が手渡しされると言うことなんじゃねえかな。そんなもんでは人は救われないと言うけどホントかな。
少なくとも彼ら「行動者」は想像以上の批判や攻撃、中傷に晒されてきたはず。
だけど彼らは「行動」を続けて居る。オレ達が酒飲んで交わすその場限りの偽善批判とはわけが違うことだけは間違いないだろうね。
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ホワイトバンドプロジェクトを批判する奴の言い分はこうだ。
「募金にはならない」「儲けるやつがいる」「いい人をアピールするのがいやだ」
募金にならないことは、公式サイトに明記されている。「何億円なんてアフリカではなんの足しにもならん。だからお金よりもアフリカが何故こんなに借金を背負っている(背負わされているのか)を知ってくれ」と。
儲ける奴がいるのも当たり前。こういう「拝金主義はいかん!」みたいなもっともらしい言い分も気にイラン。ビジネスなめるなと逆に言ってやりたい。企業の力や有名人の力を借りる変わりに、やつらにはいくらかの利益を誘導してやる。いわばそう言うバーターなんじゃ。そしてそのバーターを行う「社会的な意味」があるかどうかが問われるべきじゃないのかな。
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書きながら勝手に血がたぎってしまったんで、川に潜って魚捕まえたい。
投稿者 Ryosuke Kubo : 2005年09月30日 15:53
