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2007年10月03日

人殺しを殺す人

<愛知女性殺害>死刑求める署名10万人 名地裁へ提出へ
遺族の方のwebサイト

愛知県名古屋市。前の事務所への通勤で毎日通っていた自宅からもほど近い場所で女性が殺された。犯人はwebサイトの犯罪仲間募集で知り合った3人組。無抵抗の女性を拉致し、金づちで数十回も殴り、首を絞め殺した。糞みたいな現実事件。

で、そのご遺族の呼びかけに応じて、死刑を求める10万人の署名が集まったという。
誰かを死刑にしようと、もっと端的に言えば「死んでしまえ」「生きている価値はない」と10万人の人が署名という形で具体的なアクションを起こした事に軽く衝撃。

ボクは法制度や法の理念なんかさっぱりなので、こんな人非人どもは死刑にしろやと言う意見には賛成なのだけれど、「死刑にしてください」と書かれた書類に署名する事はどうもためらわれる訳で。
つまりそれはただのサインだとしても、例え残虐な犯罪者であろうとも誰かの処刑を「自らの手で」執行する事と同義な気がするのだ。例え執行に伴う罪悪感が10万人分の1人だったとしても、だ。

他人の犠牲に対し、自らの手で犯罪者を滅することが出来るか?と自問自答する。するとボクは「殺されたくない」と感じる気持ちに近いような、「殺したくない」気持ちが顔を出して、署名はやはり出来ない。
ボクは署名をした10万人の内、どれぐらいの人が生殺与奪と言う巨大なテーマに立ち向かった上でサインをしたのか知りたい。サインの重みを教えて欲しい。死刑を執行する重みを知りたいのだ。

そう言うお前はどうなんだと。多分ボクは自分の家族が殺されたら、この手で犯人を殺しに行くと思う。と言うこの短絡具合。死刑廃止でもなく死刑推進でもない仇討ち制度復活希望派。
自分の事だってこんなに分からないのに、他人様の気持ちなんか分かろうとするのが頭おかしい所行なんだと今一度自覚。
ニンゲンは難しいから今日も呑む。

投稿者 Ryosuke Kubo : 2007年10月03日 22:46