2007年12月17日
レーサーをあきらめた
バイクレーサーに憧れていた。
そんなことをジムからの帰り道、自転車をシャカシャカ漕ぎながら思い出した。中学生の頃、ボクはバイクレーサーに憧れており、開催されるGPレースの各選手のラップタイムを手書きの表に記すような事をしていたのだ。銀縁眼鏡で手書きの表をネチネチ付ける14歳。これは相当に友達にはなりたくない感じ。
最近のテレビ中継はやはり進化していて、バイクに取り付けられたライダー目線のカメラは当たり前、先日見た番組に至ってはライダーとピットを繋ぐ無線交信すら放映されており、非常に緊迫感ある現場の様子がとても面白かった。
この様な時代においてやはりボクはバイクレーサーになれないであろう。いや。ならなくて良かった。
思った事が不意に口をついて出るボクにはリスクが多すぎる職業なのでは無いだろうか。
緊迫したレース終盤、タイヤの軋み、エンジンの咆吼、ライバルとのバトル。そんなシチュエーションでまさか「顔面騎乗」とか「ポッケロ」「イタラナチオ」などと思うがままの自由すぎる言葉を公共の電波に乗せてしまう訳にはどうにもいかない。問屋が卸さない。お天道様が許さない。ダップンカー。あ、ほらまた出た。
結論。ゆえにバイクレーサーは一流なのだ。逆説的だが一流の人は思うがままに言葉を発しないから一流なのかも知れない。
投稿者 Ryosuke Kubo : 2007年12月17日 12:45
